2013年8月19日月曜日

自己紹介の肩書は“アーティスト”で


ブログの自己紹介で自分の肩書を、いつもは映像作家やビデオアーティストにしていますが、今回から“アーティスト”にしました。

いまだに自分がアーティストだと言うのには、なんだかとても違和感がある。僕が自分のことをそう言うのは、一般的に、実用的価値とは関係ない、なんだかよく分からないものがアートと呼ばれ、それを作っている人がアーティストと呼ばれているからだ。絵が上手とか、アートという世界が好きだとか、天才的な技術があるからではない。ただ僕は、僕が感じて、考えていることを伝える決まった方法がないので、なんとかそれを創り出して、人に伝えようとしているだけだ。

だから、僕はいわゆる「アート」というものを作ろうと思ったことは、一度もない。僕にとってのアートとは、僕にしか考えられないことを、僕にしかできない方法で、かたちにすること。答えがあるものを、技術によって、作り出すということではない。作る前に、自分がつくるものを知っているということがない。僕はいつも、自分自身が理解しきれないことを理解しようと、なんとかかたちにしようとしている。

見たことがないものを、知りたい、理解したいという好奇心と、自分しか知らないものを、自分だけが創り出すことができるんだという自尊心とが混ざり合った、不思議な興奮が、自分を作品として他者に向けて表そうとする。そこには、僕の作品でしか、僕のことは伝えることができないのだという思いがある。

だから、僕は自分自身についていくら話をしてみても、本当に自分の感じていることを伝えられているとは思っていない。むしろ誤解でもいいから、なんとか相手が自分について、納得してくれればいいと思う。そもそも理解してもらうことなんて、できないのだから。

コミュニケーションとは、自己と他者との必然的な認識のずれによって、生み出されるのだと思う。それは、お互いの意思が完全に通じ合うことがないということにより、永遠に続けられる。

だが、コミュニケーションは、ただ同じことを繰り返すために行われるのではない。それは本質的に、お互いを理解しあうという目的を持っている。だが、その目的は永遠に達成されることはないとしても。

僕は“アーティスト”という肩書で自分を知ってもらおうと思っています。
それが、自分にとって現実的に利益のある誤解を与えられると考えるからです。

西山